2008年03月16日

ハーバー・ボッシュ法のこと

ハーバー・ボッシュ法と呼ばれるものがあります。これは何でしょうか。

ハーバー・ボッシュ法は、鉄を主体とした触媒上で水素と窒素を500℃、1000気圧付近の超臨界流体状態で直接反応させ、N2 + 3H2 → 2NH3 の反応によってアンモニアを生産する方法である。窒素を含む化合物を生産する際の最も基本となる過程であり、化学工業にとって極めて重要な手法である。最近は単にハーバー法と呼ばれる。

フリッツ・ハーバーらは鉄鉱石(酸化鉄を主体とし、酸化アルミニウム、酸化カリウムを含む)を用いた。このとき注意すべきことは、酸化鉄を触媒として装填するが、実際に反応しているのは水素によって還元されて生じた単体の金属鉄であることである。酸化アルミニウムは還元されず担体として鉄の単体が振動により折りたたまれるのを防ぎ、酸化カリウムは塩基として鉄に電子を供与して触媒能力を高めている。

フリッツ・ハーバー、カール・ボッシュによるこの方法は、「水と石炭と空気とからパンを作る方法」とも言われた。小麦の育成には窒素分を含む肥料の十分な供給が不可欠で、やせた氷河地形で、土壌が未発達の土地が多いドイツでは、小麦の栽培は困難で、主要な穀物生産は硝石などの海外産窒素肥料の輸入によるか、やせた土壌に強いライ麦に頼る、あるいは穀物の代替品として新大陸産のジャガイモに頼らざるを得なかった。

本法によるアンモニア合成法の開発以降、生物体としてのヒトのバイオマスを従来よりもはるかに多い量で保障するだけの窒素化合物が世界中の農地生態系に供給され、世界の人口は急速に増加した。現在では地球の生態系において最大の窒素固定源となっている。

しかし、同時に爆薬の原料の硝酸を大量に製造、供給できるようになり、その後の戦争が長引く要因を作った。例として、この方法でドイツは、第一次世界大戦で使用した火薬の原料の窒素化合物の全てを国内で調達できた

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年03月05日

無の哲学


どのようなことが問題だったのか、考えてみました。

物理学
古典物理学において、物理的に何も無い空間を真空と呼び、真空は完全な無であると考えられてきたが、現代物理学においては、真空のゆらぎによって、何も無いはずの真空から電子と陽電子のペアが、突然出現する事が認められている。この事によって、現代物理学では完全な無(絶対無)というものは物理的に存在しないとされている。


哲学
哲学(存在論/存在)において「無」という場合は、有に対する無であって、相対的な概念である。絶対無とは、思考上の産物であって、単なる概念であり、一見すると現実には存在しないように見える。又、そもそも西洋哲学史では有の方向に重点が置かれ、しばしば有が無を包括する絶対有の性格を帯びる(後述するように、これが神の本質である)。無が有より軽んぜられた事は、「無」がBeingに対して常にNon-beingとしかいわれない、という言語的な事実にその証拠を見出す事が出来る。ただし、英語で nothingness、フランス語で néant、ドイツ語で Nichts が「無」に相当するとする人々もいる。一方、東洋では無をむしろ強調し、非-有(Non-being)を超えた意味合いを含ませた。しかし、絶対無であれ絶対有であれ、両者は非常に近い事柄を指していると考えられる。純粋な絶対有は、そのあまりの純粋さのために、無内容性を持つ。マルティン・ハイデッガーの晩年の著作はその点を特に裏付けていた。現代でもレヴィナスの思想などに見えるもので、「なにものもない不在の闇に確かにある」などとして語られる。ここから分かるように、決して両者は対立しあう概念ではなく、単にまやかしの概念ともいえない。この事は古今東西数知れない学者が確認している事実である


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年01月23日

ダイオキシン類のすべて

この物質の特徴は以下のとおりです。
少しでも減るように努力したいですね。


ダイオキシン類とは、ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン (PCDD) 及びポリ塩化ジベンゾフラン (PCDF) の総称である。また、コプラナーポリ塩化ビフェニル (Co-PCB) のようなダイオキシン類と同様の毒性を示す物質をダイオキシン類似化合物と呼ぶ。

ダイオキシン類は塩素を含む物質の不完全燃焼や、薬品類の合成の際、意図しない副生成物として生成する物質であり、炭素・酸素・水素・塩素などより形成される。


元来、ダイオキシン(dioxin、化合物字訳基準に従った名称はジオキシン)は、IUPAC命名法の定義に基づいた有機化合物(ポリ塩化ジベンゾ・パラ・ジオキシン)の名称で、環内に酸素原子を二つ含む六員環の不飽和複素環式化合物を指す。2種類の位置異性体 1,2-ジオキシン、1,4-ジオキシンが知られ、それぞれCAS登録番号として [289-87-2]、[290-67-5] が与えられている。それら単環のジオキシンは不安定であるため通常の環境には存在しないが、反応中間体、あるいは計算化学の対象として研究の対象とされている。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年12月13日

フェーン現象の被害

どのようなことが問題だったのか、考えてみました。

乾いたフェーン-力学説
ハンはまず前者の非断熱加熱説を研究したとされるが、その後ハンは、風上側で水蒸気の凝結を伴う断熱変化が起こらなくても、フェーン現象は十分起こりうるということを考え出した。あまり厳密な説明ではないが、これは次のような事柄である。今、湿ったフェーンが起こったときと全く同じ状態の例を考える。A地点の気温は15℃だが、この空気は上昇せずに、そこにとどまっているとする。また、空気の平均的な気温減率は約0.6℃/100mなので、これに従うとその時の山頂の温度は9℃ということになる。この山頂の空気が乾燥しているとすると、B地点に下降気流として下りてきたときの温度は乾燥断熱減率より19℃ということになる。よってA地点の空気よりもB地点の方が高いのでフェーン現象が起きたということになるのだ。これはもとから乾いた空気が力学的にフェーンを起こしたという意味で乾いたフェーンと呼ばれる。空気が山を登り、その後空気が重くなって吹き降ろすことは明らかだが、流体力学では空気が単に地面と平行に移動していて、山の頂上付近にさしかかると、風の速さによってはその空気が下降気流となって下降してしまうことが知られている。これが乾いたフェーンを起こす原因ともなる。


被害
フェーン現象は時には非常に乾燥した強い突風ともなることがあるので、火災などの深刻な被害を招くこともしばしばある。よってフェーン現象の時には火災などの厳重な注意が必要であるといえる。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年09月11日

奈良の修学旅行ブログ

現在は旅行先の多様化で、国内のみならず海外旅行も当たり前みたいですが、一昔は、修学旅行といえば、京都、奈良コースが主流でしたよね。奈良名物の鹿の糞クッキー、友達がお土産に買っていたのをふと思い出しました。(笑)今でも売っているのかなぁ。修学旅行ブログが肩すかしなのは何となく納得・・・

『参照記事』
減少した修学旅行生を古都に呼び戻そうと、奈良県などが全国に先駆けて設けた「修学旅行ブログ」の利用が、開設後1年でわずか3校にとどまっていることが11日、分かった。若者のブログ人気に目をつけ、生徒各自に書き込んでもらうのがねらいだったが、採用するかどうかは教員次第。ブログを使い慣れない、この世代の心はつかめなかったようだ。肩すかしをくらった県は、ガイドブックなど昔ながらの活字でもアピールする作戦に切り替えた。
 修学旅行ブログは、県や市町村、旅館組合などでつくる誘致促進委員会が、昨年9月にスタートした修学旅行コースなどを紹介するホームページ(HP)の中に設けた。都道府県としては初めての試みで、生徒がリアルタイムで携帯電話を使って写真添付や書き込みができるほか、保護者もブログを読むことで子供が元気に旅行しているか確認できるのが特徴。こうしたデータを保存し、後日生徒たちが友だちと旅の思い出を楽しめることも売り物だった。
 ところが、この1年間で交通アクセス、宿泊先などが詳しく記されたHPには約5万8000件のアクセスがあったものの、ブログの利用は関東、東海のわずか3校。「教員が学校単位で申し込まなければならない煩雑さのほか、年配の教員にはブログよりも活字の印刷物の方が目にしやすかったのが原因ではないか」(県観光課)という。
 県は、今度は詳しい修学旅行コースを掲載したガイドブックなどを新たに作成する方針を決定。デジタルとアナログの両面から修学旅行生を誘致する作戦だ。
 奈良はかつて、京都とともに修学旅行先の定番だったが、旅先の多様化や少子化などで減少。奈良市で宿泊する修学旅行生は、昭和40年の約78万人に対し、平成18年はわずか12%の9万6000人に落ち込んでいる。観光の起爆剤として期待される一大イベント「・平城遷都1300年記念事業」も平成22年に開かれることから、関係者は改めて奈良をPRする斬新なアイデアとして、ブログに期待していたという。
 県観光課の担当者は「ブログの利用が少ないのは、今までこういうシステムがなく、教員らの目が向かなかったことがあるかもしれない。古都・奈良をじっくりと見てもうため、今後はガイドブックの効果も生かし、地道にアピールしていきたい」と話している。