無の哲学
どのようなことが問題だったのか、考えてみました。
物理学
古典物理学において、物理的に何も無い空間を真空と呼び、真空は完全な無であると考えられてきたが、現代物理学においては、真空のゆらぎによって、何も無いはずの真空から電子と陽電子のペアが、突然出現する事が認められている。この事によって、現代物理学では完全な無(絶対無)というものは物理的に存在しないとされている。
哲学
哲学(存在論/存在)において「無」という場合は、有に対する無であって、相対的な概念である。絶対無とは、思考上の産物であって、単なる概念であり、一見すると現実には存在しないように見える。又、そもそも西洋哲学史では有の方向に重点が置かれ、しばしば有が無を包括する絶対有の性格を帯びる(後述するように、これが神の本質である)。無が有より軽んぜられた事は、「無」がBeingに対して常にNon-beingとしかいわれない、という言語的な事実にその証拠を見出す事が出来る。ただし、英語で nothingness、フランス語で néant、ドイツ語で Nichts が「無」に相当するとする人々もいる。一方、東洋では無をむしろ強調し、非-有(Non-being)を超えた意味合いを含ませた。しかし、絶対無であれ絶対有であれ、両者は非常に近い事柄を指していると考えられる。純粋な絶対有は、そのあまりの純粋さのために、無内容性を持つ。マルティン・ハイデッガーの晩年の著作はその点を特に裏付けていた。現代でもレヴィナスの思想などに見えるもので、「なにものもない不在の闇に確かにある」などとして語られる。ここから分かるように、決して両者は対立しあう概念ではなく、単にまやかしの概念ともいえない。この事は古今東西数知れない学者が確認している事実である
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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